ここ五年以上、文字に対して特別な苦手意識を持ったことはなかったが、自ら進んで何かを書いてみるとなると話は別であるらしかった。だが、それは語るという行為への後ろめたさによるものだろう。私の来歴はあまり誇れたものではない。二十と数年(正確にはわからないが、恐らく二十五年前後)を生きてきて、見たものといえば、四つの国家の滅亡と、伴う屍の山だった。その半ばはこの手で為した。直接ではないが、傲慢を承知で云うならば、おなじことだろう。戦を生業とする以上は。
実の所、私は私自身について殆どを把握できていない。多くの人間がそうに違いない。しかし、敢えていうからには、ここに書くことは限定的で盲目な主観であることを承知して、紙面のどこかに唯一つでも真実を見つけ出そうとすることへの徒労を覚悟して欲しい。
何故、書くのか。ここ最近、記録を残すということに情熱を燃やしている知人(彼が言うには、恩人、預言者!)の勧めだ。彼は自らの趣味を他者にも広めようとしたのか、それとも研究とやらに役立てるつもりなのか。いずれにせよ、書くという行為自体を目的に据えてしまったために、果たして何を記すべきなのか、未だにわからない。思いつくままに書く。
■デオスという国について
私がこの国を初めて訪れた時(というには語弊があるが、とにかく、自らがここにいることを認識した時点)のことだ。焼けた刃のようにぎらつく太陽の下、うねりながら流れる砂が、遙か地平まで広がっていた。その景色に一種の畏敬を抱いたことを覚えている。生命の死に絶えつつある、荒廃した不毛の大地。結局のところ、あの光景はこの国のすべてを明示していた。輝かしい絶望の地。立ち尽くすだけで太陽は肌を焦がし、体を疲弊させた。あの見知らぬ魔術師は、私があの場で衰弱死でもしたらどうするつもりだったのだろうか? とにかく私は歩いて、砂の中に浮かぶ船のような都にたどり着いた。城壁と呼ぶには粗末な柵に囲まれた、中原のそれらと比べれば小さく、原始的な都市だった。市内は乾いており、土埃が酷く、文明は遅れているようだった。だが砂漠に弱っていた私には、砂の海の中に輝く真珠のように見えた。
都市で暫くを過ごすうちに、幾らかの物事がわかるようになってきた。都市の住民は、所謂市民ではなく、流砂の間を放浪して暮らす諸部族の集まりであること。それらの諸部族は様々な伝統を持っていたが、やはり生活はどこか原始的で貧しいこと。彼らの多くは気性が荒いこと。私は、何度か、そのつもりはなかったものの、彼らと問題を起こしそうになった。当初は多少の荒事であれば解決できるつもりでいたが、その考えはすぐに改めなければならなくなった。
浅黒い肌の、異なる文化の人々の間で暮らすには、それなりの苦労を要した。私はあまり彼らを怒らせたくはなかった。彼らは非常に排他的(自らの部族以外に対しては皆そうだったが、特に、外国人は顕著だった)で、何割かは私の名前を知っていて、忌むべきもののように扱っていた。数年前に少しだけ関わった戦の折に酷く憎まれてしまったらしい。心外とは思わなかったが、代わりに、この地の人々に対して、随分と酷いことをした人間もいたものだと、他人事のように思った。偽名で生活することにした。思いついたままに名乗ったが、元々の名前よりも自分のものであるような気がした。もしかしたら、あの魔術師が私のために用意してくれていたものなのかも知れないが、感謝しようにも会う機会は永遠になさそうだ。
少数部族が経営する旅籠で雑用の仕事を得た。部族の若者数人で経営する店で、後から、彼らは兄弟なのだと知った。店を継いでいたのは長男で、次男以下はいずれ仕事を見つけて出て行かなければならなかったが、その時はまだ全員が揃っていて、仲も悪くなさそうだった。彼らには姉妹もいて、姉のエステルは私のこともよく気遣ってくれた。末の弟イーダルは人当たりのよい性質で、正義感が強く、真っ直ぐな人物に見えた。専ら、彼と共に出かけることが多くなった。
彼らは旅人の守護者を自認していた。部族と云っても殆ど数家族程度だったが、末の弟は英雄として名が知られており、王に対して幾らかの発言権を持っていた。王は年端もゆかぬ少年だった。イーダルが言うには、数年前の乱で亡くなった王の、その娘の隠し子なのだという。幼い頃は放浪の生活だったものを、前王の崩御に伴い、担ぎ出されて来たのだと。イーダルは哀れんでいなかった。王が王であることを望み、国が一定の均衡を保っているなら、それはそれでよいもののように思えた。個人的には、王の隠し子というものは好かないが。
イーダルは珍しい人間だった。というのは、武力を厭っているようだったからだ。厳しい自然環境故か、先程書いたように、人々は部族を重視し、気性が荒かった。何らかの揉め事のために郎党を鏖にするまで互いに争い続けることも稀ではなかった。前の王も部族間の闘争で没したらしい。この国で言う善き王とは、力づくでも諸部族を抑え、少ない資源を分かち合い、蜘蛛の糸を紡ぐように、国を存続させることができる王だった。英雄とは部族の英雄で、血族に利を齎した者のことだった。イーダルは、部族ではなく、国という曖昧なもののために戦ったらしい。そのことについて、結局、彼は最後まであまり話そうとしなかったから、詳しいことは知らない。早い内に聞いておけばよかったと思う。彼のことを知っていれば、私は二度目の間違いは起こさなかったかも知れない。
そのイーダルが王に反旗を翻したのは、戦を避けるためだった。都は、草原の馬賊の襲撃に悩まされていた。イーダルは馬賊との和解を王宮に訴えたが聞き入れられなかった。実力行使に出て失敗した。私は軽率にも協力した。私は彼に恩があり、彼が望みのために権力を求めるなら、叶える手助けをしてもよいと思っていた。だが反乱は失敗し、イーダルは逃れて別の町に王朝を立てた。
気候は激しく、二つの国はすぐに干上がった。和解も衝突もないまま一年以上が経った。幾らかの領土争いはあったが、小競り合いの域を出なかった。
■新生(神聖)デオスという国について
新生デオス。戴く王は太陽王イーダル・グラドリオ。領土は砂漠北部の不毛な大地。都市が一つと、水場が幾つか。水場は正統の名を冠する国と奪い合い、主は定まらなかったが。流砂が止まり土地の変動がなくなったために資源の発掘も見込めず、僅かながらの収穫と、大国の援助の元に辛うじて成り立つ様に、私は密かに、重病人の延命処置を見る思いでいた。どころか、医者の一人として傍らに立ちさえした。荒治療を失敗させたことは私の落度だ。国は日々貧しくなり続け、路地では餓えた民が死に続けた。
大国の目的は砂漠の地下に眠る遺跡からの発掘品だった。不平等な取引ではあったが富は齎された。魔法の品と、食料が、黄金そのものよりも価値を持った。目敏い者は財を為し、そうでない者は総てを失った。その頃の都の光景は異常と表す他になかった。中原の財と文化が流れ込み、大通りには華やかな商品が並んだ。酒場や賭場、劇場が繁盛した。中原風の綺羅びやかな衣装を見るようになった。演劇の貼り紙の下では痩せ細った老人が施しを乞うていた。繁栄と退廃が同じ場所に存在する様は悪夢か冗談のようだった。
私自身は繁栄の恩恵を受けていた。執政の職を得ていたためだ。丁度、そういったことに関する要領を思い出しつつある時期だった。幾つかの言い訳を盾に高給を取って、死に体の国を無理矢理に生き存えさせていた。だが根本的な治療の一切は行わなかった。外国人の私ではなく、この国で生まれ育った人間の手で行って欲しいと願っていた。同時に、私は、新生デオスという国に対して何の責任も取りたくなかったのだ。
新生デオスは、太陽王の出身であるグラドリオ族を中心に、幾つもの諸部族の連合として成立していた。その大半は、旧王朝に冷遇されていた人々だった。部族会議が頻繁に開かれたが、常に、王を糾弾する場と化していた。王は彼らに強硬な態度を取らなかった。好意的な者にも、敵対的な者にも、王は何も与えなかった。曖昧な態度に、部族間の結束(そんなものが初めからあっただろうか?)は急激に失われていった。譬えば、王が、一度目の会議で、舌鋒鋭く自らを糾弾するどちらかの部族の長を斬り倒すか、消し炭としてしまっていれば、別の結果になっただろう。それとも、哀れにも命を落とした族長の郎党を一人残らず狩り出して十字路ごとに吊るしてしまえば。だが王はそうしなかった。黙って糾弾を受け入れては、彼らの機嫌を取るために豪華な料理を振る舞った。王の料理の腕はまったく奇跡じみていた。その奇跡には、同じ重さの黄金よりも高価な食材が必要だった。私を含め誰一人として王には教えなかった。イーダルは本当は気付いていたのかも知れない。
王宮の露台からは、深夜まで輝く繁華街の灯火が見えていた。広大な砂漠に蹲る野火のようなものだった。私は時折、得難い友人達と共に、その野火の中で過ごした。砂漠の酒は強かった。水がなくても育つ強靭な多肉植物から抽出した酒精を、高価な水に割ることなく、そのまま飲む。私は時間をかけて舐めていたが、砂漠の民は一息に飲み干すことを美学としているようだった。軟弱な外国人と笑われても、私は酩酊より味を楽しみたかった。強いばかりのその酒を特に気に入っていたわけではない。しかし、いずれ郷里へ辿り着くまで、まともな味覚を失いたくはなかった。後味の悪い果実も、砂を噛むような麺包も、硬いばかりの野羊の干肉の切れ端も、少しずつ丁寧に食べた。実際には必要なくとも一種の強迫観念の元に。油で炒めた蝎が卓子の真ん中に置かれた時はさすがに戸惑った。友人の一人が、やはり笑いながら、短刀を使って尻尾を切り落とし、殻を剥ぎ取る方法を教えてくれた。
やがて水場が次々に枯れた。残った水場を奪い合うことに厭き、王は調査隊を出した。すべての水場は地下で一つの水源と繋がっており、残りは僅かだった。水は自然のものではなく、古い遺跡の貯水池だった。この砂の海には一切の自然の息吹はないのだと、改めて目の前に突きつけられる結果だった。現在、砂漠となっている地域は曾て、古代文明の工業地帯だったらしい。開発によって土地は既に死に絶えていた。数百年前から。
王が雨乞いの儀式を行った。彼に恩寵を与える太陽の光の乙女に祈祷し、その力を翳らせる、というのが正確なところだった。雨が降り、人々は狂喜した。太陽王が国民に与えた唯一かも知れない恵みが、彼の力の源と逆であったことは皮肉だ。
雨は降り続けた。やがて市街に亡霊が現れるようになった。砂漠で死んだ人々の怨念が形となったもの。それらは水を仮初めの体として徘徊し、人々に襲いかかった。剣の一振りで崩れるほど儚いものだった。どころか、一度、手を伸ばして触れたことさえある。兵士の亡霊は無念そうな唸りを残して消えた。亡霊は毎晩現れた。武器を持つ者が警邏に周り際限なく斬り倒した。水のない場所は安全であったから、人々は雨漏りのない建物の中で息を潜めていた。盛場の野火さえ失われていった。少なくともあの露台からは見えなくなった。もう国を維持することは限界のように思えてならなかった。朝になれば屋根のない難民達が道端で骸となって転がっており、夜には彼らも亡霊の列に加わった。もう目を逸らすことはできなかった。何より、私は彼らに呼ばれているようで恐ろしかった。実際には、亡霊たちは生者に対して分け隔てなかった。妄想に過ぎなかったのだろう。
尚も雨は降り続けた。私は逃げ出したくて仕方がなかった。その頃、神聖王国と呼ばれる国から慈愛神の神官がやってきた。彼女は若く、奇跡の力も弱いようだったが、善良だった。私は彼女と会った時、一つの計画を思いついた。慈愛神の教えを砂漠に根付かせることで、亡霊の跋扈する現状を変化させることができればと。市街の屋敷を神殿として提供し援助を行った。彼女は慈善事業に精を出し、すぐに聖女と呼ばれるようになった。慈愛神の教えは母性に類するものだ。弱者にこそ響く。五大神の教えを知らなかった砂漠の民に、彼女の言葉は意外なほどあっさりと受け入れられた。地鎮祭は成功した。亡霊を封じた剣が塚に蔵められ、今も眠っている。その剣は王国一の鍛冶師が打ったもので、彼の技倆は魔法じみていた。総ゆるものを刀身に篭められるに違いない。雨は上がった。肌を焼く太陽が蘇った。最早見慣れた、地獄のような砂漠の景色が。
地鎮祭を最後に私は職を辞した。翌日には他国へ出立していたから、その後のことはあまりわからない。少ない伝で聞いたところによれば、王は相変わらずの治世を行ない続け、国は緩やかに死に続けていた。或いは新生デオスという国自体が亡霊と変わらないのかも知れなかった。
三月後に私はその地へ戻った。戻ったという言葉を使っていいものかはわからないが、とにかく、再び広大な砂を踏んだ。今度は馬であったから、寝ぼけて進んでいる時に、不安定な足場に蹄を取られて転げ落ちそうになった。ある事情で共にいた傭兵達の笑いの種にされたが、そうした立場にこそ私は安心できた。侮られている内は彼らの間にいられる。均衡は常に危ういところで軋んでいるように思えた。
すぐに戦乱があった。正統デオスとの小競り合いだった。統率を以って攻め入る敵に対し、守備の兵はグラドリオとアルトの二部族だけだった。十数人しかいなかったと思う。敵は、破損を放置していた城門を攻めていた。私が辿り着いた時には既に破られていたが、それでも、よくも守れていたものだと感嘆を覚えずにはいられなかった。数の差が馬鹿らしくて、敵を数える気にはならなかった。百は超えていたと思う。結局、彼らは攻めあぐねて撤退した。私は丁度前線に突出する位置にいたために功労者として扱われたが、それならば、初めから敵の只中で奮闘していた勇敢な若者達をこそ称えるべきだ。彼らのうち一人は既にこの世にいない。心底残念だ。
小競り合いは終わった。新生デオスの勝利という形だった。しかし、同時に国が息絶えようとしていることも明らかだった。防衛の人手はたった十数人。都に住む数千人の人々は、ただ成り行きを眺めるばかりだった。王の姿さえ前線にはなかった。きっと、誰も、あの都を愛していなかったのだ。私は労いの言葉を聞きながら、失望と悔恨に項垂れていた。手酷い不始末の結果を見せ付けられる心持ちで。
暫くは戦の後始末に奔走した。農場が焼き払われたために食料が不足した。餓死者が急増した。もう外貨遊びの余裕もなかった。援助を続けていた大国は撤退の準備を始めた。王は相変わらず王宮にいたが、私はもう、彼の政策を知ろうとはしなかった。イーダルはよい友人だ。しかしよい王ではなかった。彼を助ける方法が何一つわからなかった。奇跡でも起こらなければ――譬えば、託宣よろしく“この土地は豊かだ”とでも云って、その通りになるのなら、どれだけよかっただろう。勿論、私にそんな奇跡を起こせるはずがなかった。
都は荒廃を極めた。空気が乾いているせいか、疫病だけは免れていた。餓えと渇きの嘖みに敗れた人々が死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死に続けた。私が今までに見たどの戦場にも勝る凄惨さだった。白い死の光に晒されていたのは輝かしく広がる地獄だった。足元の影の中で死神が笑っているような気さえしていた。正直なところ、その頃、私は幾らか不安定になっていて、常にある妄想に取り憑かれていた。死や滅亡は、私にとって何よりも近しい友人なのかも知れない、或いは、私はそれらと同義なのかも知れない、と。生まれてより二十数年の間に私が属した国家は悉く滅びた。私はそれらの場所のことを、特に、曾て守れなかった(そして知らぬ間に更にとんでもないことをしてしまった)故郷のことを頻繁に思い出すようになっていた。
何年も昔のことだ。曾ての友人は私のことを、一時の勝利と永き破滅の剣と呼んだ。酒の席でのことだったと思うが、その大仰な譬えを未だに覚えている。当時は心外だと笑えた。今はもう笑えない。剣であるなら、悪い運命をこそ断つ刃でありたかった。国と人々を殺すのではなく守ることができるなら、人間らしい一切を捨て去っても構わない。だからもう一度だけやり直す機会が欲しい。故郷に帰りたい。
破られた城壁を再建し、状況は幾らか落ち着いた頃、正統デオスは再び襲撃してきた。どちらの国も疲弊していて、最後の戦闘になると思われた。王宮で対策会議が開かれた。私は出なかった。見計らったように旧知が訪ねてきており、都にいなかったためだ。王は初め、逃げ出そうとしたらしい。一族を連れて砂漠の彼方へと。だが彼は糾弾されるに至って、自分は残って戦うつもりなのだと意見を翻した。いずれにせよ、結局、彼は逃げず、勝利した。彼は砂漠のただ一人の王になった。見捨てられた国の王、つまり地獄の主に。
国は貧しいままで、人は死に続けている。瀕死の王国は喘鳴している。いずれ誰もいなくなって、また亡霊だけが街路を徘徊い回るようになるのではないかとも思えた。王は戦を嫌っていた。人間がいなくなれば戦は二度と起こらないだろう。
私が見た、新生デオスという国の顛末だ。
2014/01/04 — 23:48
懐かしの記録ですな。最初読んだときは心が軋んだものよ・・・
2014/01/05 — 21:10
キャンペーン概要をまとめてみたらこんな感じになったのでした。
あらすじ?的な。あんまりPC名が出てないのは仕様です。